ライオンは「てつがく」が気に入っている。
かたつむりが、ライオンというのは獣の王で、哲学的なようすをしているものだとおしえてくれたからだ。
きょう、ライオンは「てつがくてき」になろうと思った
哲学というのは、すわりかたからくふうしたほうがよいと思われるので、しっぽを右にまるめて腹ばいにすわり、右ななめうえをむいた。
しっぽのまるめぐあいからして、そのほうがよい。しっぽが右で、顔が左をむいたら、でれりとしてしまう。
ライオンが顔をむけたさきに草原がつづき、木が一本はえていた。
ライオンは、その木の梢をみつめた。梢の葉は、風に吹かれてゆれた。ライオンのたてがみも、ときどきゆれた。
(だれかきてくれるといいな。「なにしてるの?」ときいたら、「てつがくしてるの」ってこたえるんだ)
ライオンは、横目で、だれかくるのをみはりながら、じっとしていたが、だれもこなかった。
日が暮れた。ライオンは、肩がこっておなかがすいた。
(「てつがく」は肩がこるな。おなかがすくと、「てつがく」はだめだな)
そこでライオンは、きょうは「てつがく」はおわりにして、かたつむりのところへいくことにした。
「やあ、かたつむり。ぼくはきょう『てつがく』だった」
「やあ、ライオン。それはよかった。で、どんなだった?」
「うん、こんなだった」
ライオンは、「てつがく」をやったときの、ようすをしてみせた。
さっきと同じように、首をのばして、右ななめうえをみると、そこには夕焼けの空があった。
「ああ、なんていいのだろう。ライオン、あんたの哲学は、とても美しくて、とてもりっぱ」
「そう?・・・とても・・・何だって? もういちどいってくれない?」
「うん。とても美しくて、とてもりっぱ」
「そう、ぼくの『てつがく』は、とても美しくて、とてもりっぱなの? ありがとう、かたつむり」
ライオンは、肩こりもおなかすきもわすれて、じっと「てつがく」になっていた。
*ハルキ文庫「工藤直子詩集」工藤直子/2002年7月18日第一刷発行 より抜粋